陸前高田おボランティア・ツアー

陸前高田市活動ボランティアサポートバスプラン、2011.12.9.~12.11.

2泊3日のボランティアツアーに参加する。2泊3日といっても初日は深夜発のバス泊なので実質は2日だ。僕はずっとボランティアという考え方に懐疑的だった。ほんわかとした偽善の香りが漂うし金銭の伴わない労働に対してどこまで責任ある行動がとれるのだろうかといった危惧もあった。それらの気持ちは払拭されないまま今も残っている。しかし今回の震災に際して現地へ飛びたい何かの役に立ちたいと切実に願った。本当はすぐにでも出かけていってせめて一週間くらいは向こうに留まりたいと思っていた。それがまあ物理的に無理だと分かって今回の行動に至るのである。ひとつにはどのようなルートで現地へ入ればいいのかルートというのは実在の道という意味もあるがどこへ申し込んだらいいのかなどの手続き上の問題のこともあった。実際に現地へ行ってきた人の話を聞いてもどこかの組織に属していないと個人でいっても受け入れてもらえないとのことだったし年齢的にも若いほうがいいともいわれた。仕事も休めなかった。休めば休めたのだろうがしなかった。当たり前の話だが自分にとって一番大切なのは家族であり生活なわけだからそこを度外視することはできない。熱に浮かされて優先順位を取り違えないように少し冷静になれという気持ちもあった。

すぐにでも発ちたいというのにはなるべく回復されないままの被災地をこの眼で見たいというスケベ心も含まれていた。そういう気持ちが後ろめたくて行動を起こせないでいたということもある。そうこうしているうちに月日は経ち結局そういうことは自分には縁のないことなのだと諦めかけていたとき友人の一人が別のボランティアツアーで2日間ほど南三陸へいってきたと聞きそれくらいなら自分にもできそうだと思い直したのである。もちろん実質的な役には立たないだろうが、つまりこれは3.11.がこれまでにないほど自分の心を揺さぶったということを忘れないための儀式のようなものだったのかもしれない。心配の種もあった。ひとつはやはり年齢的なこと。特にバスツアーは若い人が多いと聞いていたし自分だけが場違いでその場の空気に馴染めず居心地の悪い思いをするのではないか。またボランティアセンター(通称ボラセン)に対する恐怖心のようなものもあった。ボラセン(この略称がいけないのではないか)はいわゆるボランティア・ゴロ(そういう人種がいるのかどうかは不明)みたいな人たちが仕切っていて、てめーら観光バスなんかでのほほんと乗り付けやがってしかも一日二日で帰るだと?こちとら人生かけて身体張ってやってんだよ、ぽっと出のそこらの素人ボランティアとは志の高さが違うっつーの一昨日きやがれべらんめい、みたいな態度とられたらどうしよう。せっかく善意でやってきたのに悲しい思いをしなくてはならない。

結果的にはそれらは無用な心配だった。ツアー客の年齢層は多様で特に違和感はなかった。びっくりしたのは女性の多いこと。改めて世界の半分は女性でできているということを実感した。ボラセンの人たちにもとても優しく接してもらえた。みなハキハキとして明るく親切だった。帰る時には数人の人たちが笑顔でバスを見送ってくれ「ありがとう」というプラカードを掲げて千切れるほど(でもなかったかな?)手を振ってくれた。大して役には立たなかっただろうけれどとりあえずきて良かったと思えるくらいには嬉しかった。清々しい気持ちで帰途につくことができた。ボランティアの作業に関して体力的には何の問題もなかったけれどひとつだけ困ったことがあった。写真撮影を遠慮しなければいけなかったことである。理屈は分かるのだけれど撮りたい被写体が眼の前にあるのに(眼の前ならこっそり撮ってしまうかも)またはちょっと離れたところにあったりしてそれを作業を中断して一人だけ抜けるわけにはいかないしもちろん自由時間なんてないしそれはフラストレーションが溜まった。これはけっこう根本的な問題でどこまでも観光気分の抜けない自分の心に折り合いを付ける作業でもあった。現地の人の話によれば多くの自治体でボランティアセンターの閉鎖が相次いでいるという。応募が激減し開いている意味がなくなってしまっているらしい。そしてまたその閉鎖のニュースがボランティア需要の減少と勘違いされますます人が集まらなくなっているという。陸前高田災害ボランティアセンターはこれからも頑張って続けていくそうで個人での応募も歓迎している。


東北はまだまだ皆様をお待ちしております。



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