リアル・ライフ

ジーコ・ジャパン、勝点奪取。
ワールド・カップのアウェー戦では初のポイント、まさに歴史的な1点だ。課題とされる決定力不足は解消されず、イライラ感のつのる展開ではあったが、所詮サッカーとはこういうモノ。日本チームを上回るチャンスを作りながら、外しまくったクロアチアFW陣も同様で、クロアチア人サポーターこそ、勝てた試合だったと地団駄踏んでいることだろう。まあ、クロアチアとしては次のオーストラリア戦で勝ちさえすればいいわけで、PKを決められなかった何トカという選手も、それで浮かばれることだろう。それにしても、日本のサッカーは徐々にではあるが国際レベルに近付きつつあるのではないか。僕は、サッカーは国際試合しか見ないし、フォーメーションや戦術にも無知で、誰が活躍したのかも、結局のところ美味しい場面に遭遇した選手の印象でしか判断できない。それでも、中田英のミドル・シュートは、あのまま決まってしまってもいいような精度に思えたし、ディフェンスが弱いのが少々気になるが、ここに突然変異的に優秀なストライカーがたった1人加わりさえすれば、世界の列強とも充分に互角に渡り合えるのではないだろうか。この突然変異的というのが実は重要で、誰か1人高いレベルの選手が出現することによって、全体が引きづられるように底上げされるチャンスがあり得るのではないか。そういった意味では、三浦和が全盛期にワールド・カップに出られなかったことは、日本のサッカー界の前進を大いに遅らせたのではないかと思うが、どうだろう。

さて試合当日、僕の中にはオーストラリア戦の時のようなテンションはない。気分的には祭りの後という感じ。でもまあ乗りかかった船ではあるし、取りあえずその日すべき事は大体済ませテレビの前へ。妻もキック・オフ直後に風呂からあがり合流。先日開けたカルフォルニア・ワインの濃縮された残りを、キリンから出ている無糖炭酸水で割って2人で飲む。ワインはわざわざ残しておいたわけでもないが、何となく飲む機会もないまま冷蔵庫に眠っていた。ある時は歓声を上げ、そうでない時は選手を名指しで批判し、溜飲を下げたり呆れたりした。とても納得のいくような結果ではない。感情的に割り切れないモノが残った。果たして夢を見た。試合時間の計測ミスであと10分の延長戦だという。しかし、すでに日が変わってしまっているし両チームの了解があれば再び戦うことなくこのまま決着だという。その決断をめぐって議論は高まり、国民全体を巻き込んだ大騒動となる。眼が覚めても、際どかったシュートの残像が頭から離れず、ついにいつもの呪文を唱えることにした。つまり、

この出来事は、僕の実人生とは何の関係もない。

僕は僕の実人生を充実させればいい。そうやって合理化させる。白状すると、僕の実人生は、こんなことの落とし所としてしか機能しない。リアルなのは唄っている時だけだ。その他のことはまるで夢の中のことのようだ。輪郭のハッキリしない薄ボンヤリとした過去と、予測不能の未来に挟まれた、窮屈な今があるだけだ。味のない炭酸水のようなものだ。飲んだ時にシュワッとするだけだ。そこに血が混じって、少し濁っただけのことなんだ。

"リアル・ライフ" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント