荒野
荒れ果てた荒野をいかなくてはならない。この荒野には、夜しかない。空には、月も星もない。どこまでも暗闇が続いている。自分の掌さえ見えない。地面は石ころだらけ、勾配があったり、岩のような障害物がある度に、立ち止まらなくてはならない。しかし、引き返すことはできない。なぜ歩いているのかわからない。いつから歩いているのかも記憶にない。いつ終わるのかもわからない。ただ、荒野の果てには、大きな断崖のあることを彼は知っている。不可避な深い奈落が待っていることを彼は知っている。しかし、後戻りは許されない。どれくらい歩いただろうか。いまどこにいるのだろう。
その時、額と額がぶつかった。火花が散った。そこには、別の荒野を歩く若い女がいた。
痛い、すみません
痛い、すみません
誰ですか
歩いてきました
誰ですか
歩いてきました
荒野を歩いてきました
荒野を歩いてきました
こちらの荒野は風が吹いています。
では、このコートを羽織りなさい。
こちらの荒野は雨が降っています。
では、この傘をさしなさい。
2人は、ぎこちなくお互いの顔に触れた。
どうして、ずっと眼を閉じているのですか
どうして、ずっと眼を閉じているのですか
2人は同時に目を開いた。2人の前に世界が広がった。そして、お互いを見た。じっと見つめ合い、2人は恋に落ちた。
こうして2人は暮らし始めた。一生懸命働き、日曜日には散歩をした。月に1度デニーズで食事をした。夏には北へ、冬には南へ、小さな旅行をした。そして、頑張って家を建てた。庭に芝を敷き、ブランコを置いた。やがて、子が生まれた。子は1歳で立ち上がり、2歳で話し始めた。流行の種類の犬を飼った。風呂場で犬を洗った。ブラシをかけてやった。子と犬は仲良くなった。二子が生まれた。衣服を順番に共有した。2人と一匹は、お互いをライバル視した。仲良く遊んだ。両親は、彼らを分け隔てなく育てた。入園式へ出かけた。鯉のぼりをあげた。海水浴をした。紅葉を見た。サンタ役を分担した。手のひらで雪を溶かした。子供部屋に机を二つ並べた。それぞれの机に地球儀を置いた。テストが悪いといって嘆き、友達が沢山できたと喜んだ。些細なことに一喜一憂した。と、まあ、2人とも何かと忙しくした。
ある日、夫婦はテーブルに向かい合って座った。何気なくお互いの瞳を覗き込んだ。それで、2人とも黙ってしまった。2人の眼の奥には、別々の荒野が広がっていた。
妻の荒野には、雨が降っていた。そして、夫の荒野には風が吹いていた。
(この物語の教訓)
余計な物は、押し入れの中にしまっとけ !!
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