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<<   作成日時 : 2006/08/18 16:58   >>

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これといって取り柄のない一生でしたが、こうして死期が迫ってみると、意外にも今まで過ごした一瞬一瞬を愛おしく思い起こすことができます。後悔や追憶ばかりが頭をよぎりますが、そんなひとつひとつの出来事の連続こそが私の人生そのものであったということを、今はたいしたわだかまりもなく許そうと思います。私の人生において、出会ったすべての人々にありがとうといわせて下さい。ずいぶん失礼な振る舞いも一度や二度ではなかったし、それと気づかず、多くの人を傷つけてしまいました。多くの恥をかいてきたにも関わらず、常に無自覚であり続けた日々を甘酸っぱい感傷と郷愁的のない混ざった気持ちで振り返ってみると、それらの人達に対して感謝する以外に方法はないように感じられます。
さて、遺言といっても分け与えるほどの財産があるでなし、特に大袈裟に考えていただく必要はありません。ただ、私は、この世から消滅してしまうのですが、それについて、私の気の済むように葬って欲しいということを若干書き残しておこうと思います。
どうか驚かないで下さい。私が死んだら、私の肉体は、燃やして下さい。強い火力で骨さえ形骸を残さぬほど灰にしてしまって下さい。万物は天と地とに還元されなければならない。その理屈は良くわかります。しかし、何と異端といわれようとも、私は、断崖の上に放置され、野鳥の餌食になり、少しづつついばまれながら風化していく自分をどうしても受け入れることができません。土からは蛆虫がわき、空からは鳥が飛んでくる。もちろん、それが自然の摂理なのでしょう。この生を感謝するのであれば、その自然に従うのは、死すものにとって当たり前の原理なのかもしれません。ですが私は、死んだ後まで痛いのは我慢ならないのです。どうして、命の去った後の肉体が鳥のついばみの激痛に耐え、蛆虫の悪臭に鼻をつまむ必要があるのでしょうか。こんな罪深い意気地なしの私のわがままを何とぞお聞き入れください。
嘘で固められた現世を脱却し、死者に秘密があってはならない、その信条は理解できます。しかし、私の死体を裸にし戸板に乗せて町中を引きずり回すのは止めて下さい。私は人一倍恥ずかしがり屋なのです。どうか、私が死んだらその死体は、着衣のまま等親大の木箱に入れ、最後のお別れが済んだ後は誰の眼にも触れず静かに運搬し、然るべき場所で焼いてしまって下さい。私の恥と後悔と一緒にいく千億の灰にしてしまって下さい。炎の牙が私を引き裂くのを、皆様にお見せするのは忍びないのです。どうか、なにか窯のようなところで、ひっそりと焼いてしまって下さい。煙突から立ちのぼる煙りを私だと思って、どうか手を合わせてやって下さい。
また、博愛の精神には反しますが、ぜひとも特定の宗教にて弔ってもらえることを望みます。死んで宇宙の中に霧散していくのに、偏狭な考えで心苦しいばかりです。わがままついでにもうひとつだけお願いしたいことがあります。これは、いささか伝説的めいて奇異な印象を受ける方もいらっしゃるでしょうが、私が死んだ後、一定の周期をおいて法要を営んでいただけないでしょうか。そのかわりといっては何ですが、皆さま日々の暮らしも忙しいでしょうから、私のことを思い出すのは、その時だけで結構です。

長々と、おじゃまいたしました。

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