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zoom RSS シネコヤCINEKOYA 7月(上)

<<   作成日時 : 2017/07/26 22:21   >>

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「チョコレートドーナッツ('12)」
監督:トラビス・ファイン
出演:アラン・カミング、ギャレット・ディラハント、アイザック・レイバ、ほか。
CINEKOYAシネコヤ、2017.07.10.mon.16:00の回。


: 悲痛なお話だ。
: 実話ベースということだけど。
: 実際にあった事件を元に創作されたフィクションらしい。
: 今でもこういう差別は残っているのかな?
: 物語は70年代ということにはなっているけど今でもあるんじゃないだろうか?
: ネグレクトの被害にあっているダウン症の少年をゲイのカップルが養子にしようとするお話ね。
: それを周囲の人間が裁判沙汰にして寄ってたかって阻止しようとする。
: そして結局その少年は行き場をなくしてしまう。
: 彼がどんな気持ちで街を彷徨っていたかを思うと心が潰れそうになるね。
: ここに登場する法を預かる大人たちの醜悪さは何かしら。
: ただ勝つためだけに裁判をすることのどれだけ理不尽なのかを思い知るな。
: ただどうなのかしら?司法の人たちの感覚は一般市民の感情を代弁しているともいえるんじゃないか
  しら?
: 淋しいけれど、そういうことなのかもしれない。
: 差別の問題は難しいわね、自分の中にそういう感情が全くないといえば嘘になるし。
: そこは僕にとっても永年の課題でもある。
: どうしたらそういうことから自由になれるのかしら?
: ひとつはイメージを豊かにすることだと思う。
: イメージが貧困だと他人の痛みを共有することができないわね。
: ただそれはやっぱり難しいんだと思う、全くの他人の痛みを理解するというのは。
: うーん。
: 僕はまず第一歩として身近な人間を差別や偏見によって疎ましく思わないようにしようと思っている。
: 普通に好感を持つ人たちに対してということね。
: そう、だって差別や偏見がなくても全くの他人に対してはそうそう優しくはなれない。
: そういうもの?淋しいな。
: 自分でももどかしいけれども実際そうなんだから仕方がない。
: 心が狭いのかしら?
: 正直に告白すると他人に対してはうっすらとした敵意を感じている。
: 面識のない人たちに対して?
: そうだね、だから全くの他人に対してはマイナスからの出発となる。
: で?
: で、知り合うに連れて相性によってだんだんプラスの転化していく。
: なんだか面倒な人ね、あなたって。
: 自分でもちょっと持て余している。
: 私が思うのは、自分の感覚を信じ過ぎない方がいいってことかな?
: すると拠り所は失くなってしまう。
: だからもっと理屈や筋道を優先するの。
: 眼に見えるものだけを?
: そう、現実に対処するためにはね。
: でもイメージは豊かでなくてはならない。
: そうね、そこは両立しなきゃ。
: 世の中って難しいなあ。
: このゲイのカップルとダウン症の少年は奇跡的に愛し合うことができた訳じゃない?それを全くの他人が
  引き離す権利はないと思う。
: 彼らには大義があるんだよ、なぜだか知らないけど。
: 宗教とか?
: それもあるのかもしれない、社会悪を許さないみたいな。
: ゲイは社会悪なの?
: ある種の人たちにとっては世界を滅ぼす諸悪の一つなんじゃないかな?
: 間違った正義ほど怖いものはないわね。
: 正しいと思えば人はどんな残虐な行為も許容できてしまう。
: 生きるってタイヘンだなあ。




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「ショコラ 君がいて、僕がいる('15)」
監督:ロシュディ・ゼム
出演:オマール・シー、ジェームス・ティエレ、クロチルド・エム、ほか。
CINEKOYAシネコヤ、2017.07.08..sat.16:00の回。


: フィティット&ショコラという19世紀末の伝説のコメディアンの伝記映画ね。
: ショコラというのは肌の色に由来するニックネームだ。
: そうね、ショコラは黒人で白人のベテラン・コメディアンとコンビを組んでのし上がっていく。
: これ、リュミエール兄弟の撮影した映像を見る限りコント55号の原型といえるんじゃないだろうか?
: 身体能力に長けた突っ込みと少し鈍重に見えるボケのコンビね。
: 普通コンビというのは現代においてはボケの方がイニシアティブをとることが多いんだけれどもこの
  コンビは全体の流れを突っ込みがリードしていく。
: そういうところもコント55号と共通するわね。
: ショコラはもともと奴隷なんだけれども奇妙な縁でサーカスに拾われそこで天才コメディアンの
  フィティットと出会う。
: 時代が時代だし当時のパリで黒人に対する差別感情には激しいものがあったと思う。
: 彼があくまでも卑屈に人以下の存在として道化を演じている分には観客は喝采するんだけれどもい
  ざ人権のようなものを主張すると途端にバッシングを浴びせる。
: だって公演ポスターのショコラの顔はチンパンジーになってるんだもんね。
: 明らかに蔑まれていると分かっている状況の中でボケを演じるというのは非常につらい。
: お金は儲かるけれども人間としての尊厳は踏みにじられ続けている訳だからね。
: 彼はもう少し大人になれなかったんだろうか?
: 大人に?
: そう、だってお金も人気もあるんだからマイノリティとしての鬱屈はあっただろうけれど自分の芸に埋
  没できなかったんだろうか?
: それは難しかったんじゃないかしら?
: 何かこう、見ていて歯痒いんだよね、どんどん自堕落になっていく感じが。
: そうねえ、もともと人格に問題があったようにしか見えないわね、この映画では。
: そうなんだよ、だってせっかく下積みを支えてくれてた健気な女性を都会に出て成功したら簡単に捨
  てちゃうしギャンブルやドラッグに溺れていくのもただ人として弱いだけのように見えてしまう。
: 映画としてはあまりにもいろいろなことを描こうとし過ぎたのかもしれないね。
: 白人芸人としてのフティットの立ち位置も微妙だね。
: そうね、当然のようにギャラを倍取ってるとかね。
: でもそれは差別というよりも芸歴が違うんだから仕方ないんじゃないだろうか。
: そこが難しいところで2人が対等な立場ならそれで納得がいくところも人種問題が絡むとそうは問屋
  が卸さない。
: 問屋が卸さなければ小売できない。
: そこは突っ込まなくてよろしい。
: で、結局ショコラは徐々に破滅していき社会から葬り去られてしまう。
: 晩年まで連れ添った白人の奥さんが偉い。
: ショコラは落ちぶれてキャンピングカー生活なのにね。
: ショコラはなぜか黒人女性とは付き合わない。
: ステイタスというかそういう泥沼から抜け出そうという意識が強かったのかもしれない。
: 僕は全盛期を過ぎたフィティットの悲哀みたいなものに感じ入ってしまった。
: 芸人は大変よね、人気商売だから。
: 人気って自分でコントロールできないから。
: 群集心理というか人気のあるときはグワッと持ち上げられるけど落ちてきたら皆んなそっぽを向いて
  しまう。
: 最高か最低しかない。
: そこが面白いんじゃないかな?
: そうだけど、それは差別のない社会でこそのお話でしょ?
: まあね、でもショコラの人生はそれほど悲惨だったようには見えないね、自分の好きなように生きたん
  だし息子も立派に育って、しかも最愛の奥さんに看取られて死んでいくことができたんだから。
: どうかしらね。









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