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<<   作成日時 : 2008/09/21 18:09   >>

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画像第139回芥川賞受賞作、楊逸著。

年々、というか日々、活字を読む機会が減ってきているので、ノルマの一つ、じゃないけれど、せめて芥川賞くらいは読んでおこうと、決めていたのだが。

芥川賞の間隔って、こんなに狭かったっけ、と店頭に並ぶ文藝春秋を見て思った。この間、前のを読んだばかりなのにもう次のが出ている。こんなに頻繁じゃ選ぶ方もタイヘンだ。などと考えていたら、前作、乳と卵(川上未映子著)がずいぶん長い間、僕の部屋で積ん読になっていたことに気づいた。例のごとく、文春を買って選評までは読んだのだが、どうも作品の文字の並び方に気になるところがあって、長い間その辺に放置されていたのだ。そのうち、川上さんのパーソナリティをしているラジオ番組を聞いて、とてもスッキリとした考えをしている人だということが分かり、文字並びの混沌とした感じもワザとなんだな、と思えてきてこわごわ読んでみると、まあ確かに僕向きの話ではないが、何となく量産できそうでもあるし、いろいろな意味で可能性のある人なんだろうなあ、とぼんやりとした感想をもって、めでたくノルマを果たしたのだった。そしたら、もう、次の受賞作が出ている。

外国人が日本語で書いた上に、天安門事件を題材にしているという。はあ〜、また嫌なところを突いてくるなあ。社会派は、僕の最も苦手とするところだ。また、選評を読むと、石原氏も村上氏も誉めていない。この二人のどちらかが誉めていれば、少なくともエンタテインメントにはなっているだろうから、少し安心なのだが。どの選者も指摘しているのは、日本語の稚拙さだ。文章は拙いのだが、切実に書きたいことがあるのがいいのだ、と誉める人は誉めている。文学賞を取るような人の文章が、本当に稚拙な訳はないから、これはきっと難解であるに違いない。難解な文章に切実さが混ざって、取り返しのつかないことになっているに違いない。ああ、本当に嫌なところを突いてくるなあ。そんなに嫌なら読まなければいいようなものだが、何せ優先順位を付けられないタチなので、予定したことを早々簡単には変更できない。こういう時はたいてい、頭も身体も固まってしまうから、どんどん日常生活に埋没していく。すぐに止まってしまうのだ。

先日やっと読む。
これがとても平易な日本語で書かれていて、大変読みやすい。この文章のどこが稚拙なのか僕にはよく分からなくて、文才がないというのは、書くこと以前に読む才能のないことなんだなあと、改めて実感する。逆に、選者の多くが誉めていた、熱の部分に関しては、あまりピンとこなかった。登場人物たちが真面目に物事に取り組んでいる姿勢は理解できるが、さほど情熱的には思えず、サラリとした表現のように思えた。その熱については、彼女のその他の著作も総合的に読まなければ分からないんだろう。主人公たちの生真面目さは、懐かしいほどで、例えていえば、その昔、加藤諦三の高校生日記を読んだ時の感触に似ている。しかし、作品そのものよりも面白いのは、同号の文春に併録された受賞インタビューの方で、作者は実に様々な体験をしている。それは、中国という国の特異性でもあると思うが、とにかく僕なんかの感覚とは微妙にずれていて、苛烈な体験談であってもどこかトボケていて可笑しい。下放先から急にハルピンに呼び戻される引っ越しの日に、連れて行けなくて飼っていた犬を村人に預けると、村人たちはその犬を食べてしまう。そして、その毛皮が今でも彼女の母親のベッドに敷いてある、なんて逸話には、本当に笑う。

受賞作のような外国語の中編を3ヶ月で書き上げたというし、これだけのエピソードの蓄積があれば、ちょっと滑稽な味付けにして、異国情緒的に誇張して書けば、いくらでも面白い作品が書けるのではないか、などとまるで人ごとのような感想を抱きつつ、今回も僕は、ノルマを果たしたのでした。









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